第一部:万協製薬株式会社
代表取締役社長 松浦 信男 氏

第1部の講師は万協製薬株式会社代表取締役社長の松浦信男様です。

万協製薬は1960年3月兵庫県神戸市にて創業しました。 2023年で63年の歴史を持つ、スキンケア商品専門の企画・開発・製造会社です。

松浦社長の父親が創業し、本社・工場は神戸市長田区にありましたが、創業35年目の1995年1月17日の阪神淡路大震災にて全壊しました。

翌年に三重県多気郡多気町に新工場を建設して本社・工場ともに移転。2023年で三重県に移転して27年になります。父親の時代の販売先は1社のみでしたが、開発提案型のODMの業態に変わった現在は国内の製薬会社のほぼ全社ともいえる132社と取引があり、再操業からの売り上げはそれ以前の140倍に拡大しました。

その成功の理由は、自社ブランドを持たず、スキンケアの技術開発と製造に特化して、マーケティングは顧客に任せたこと。顧客との共同開発を重視して、自社開発した技術で顧客の囲い込みを行ったこと。ちなみに昨年だけでなんと58点もの新製品開発をしました。また、高収益を背景に低利融資による積極的な設備投資を続けており、今年3月からは最新鋭の設備をそろえた第四工場が稼働しています。

そして万協製薬の最大の長所はすべての事業を自社内で完結しているところにあります。これは、震災時に他社からの救済を得ることがかなわなかったことから、松浦社長が「人から必要とされる会社を作ろう」と固い決意を抱いたことによります。例をあげるとメーカーでありながらグループ内にはシステム会社もあり、バンキョーシステムと呼ばれる自社の業務システムの開発・運営を行っていますが、今では他社向けのシステム構築やシステムの関するコンサルティングにまで業務を拡大しています。

阪神淡路大震災の絶望を乗り越えてきた松浦社長の目指してきた経営者と会社の関係は山脈マネジメントという考え方で表されます。

高い理想と行動力を持つ経営者は、はじめは社員のいる丘のはるか上空で輝いている星のような存在です。それが社員の丘が少しずつ盛り上がって山になり、やがてトップである星に近づきたい社員が少しずつ星と一体化するようになってきます。しかしここではまだ山の稜線は急であり、とがった山の形です。それが人材の成長につれ山の底辺が広がり稜線がなだらかでどっしりとした山の形(山脈)になるというイメージです。

そして松浦社長は、経営者は社員がついてこられないくらいずっと成長し続けるくらいでよいと説きます。社員とは真剣勝負する覚悟です。

講演の最後にリーダーの条件としていくつかあげられた中で、印象的だったのが次の言葉です

  • 必ずこの会社を成功させるのだという強い想いを常に持つこと
  • この目的を達成するために全ての幸せを捨てる覚悟をもつこと

今回の講演を通して強烈に感じた松浦社長の本気度を示しているように思いました。

松浦信男氏

[三重県多気町]
万協製薬株式会社
代表取締役社長 松浦 信男 氏

1962年、神戸市の薬局の次男として生まれる。

万協製薬は1960年に神戸市で創業、60年以上の歴史を持つ、スキンケア専門の企画・開発・製造メーカー。本社・工場は神戸市長田区にあったが1995年1月の阪神淡路大震災にて全壊。
翌年に三重県多気郡多気町に新工場を建設して本社・工場ともに移転。
今や再操業から売上げは140倍に拡大している。

その成長の陰には、IoTの構築やAIの活用による生産自動化、それらを管理する人材育成があったが、今後更なるコストダウン要求に対応するには、どんな課題が出ても柔軟に行動し、変革して行ける一体感のある組織風土を継続して行くことが重要と考えている。

社員とステークホルダーが一丸となって突き進む「チーム万協」が強みである。

第二部:歌舞伎ソムリエ おくだ健太郎様

第2部の「ビジネスよもやま話」は歌舞伎がテーマでした。名古屋出身の歌舞伎ソムリエ おくだ健太郎様が講師です。

おくだ様は早稲田大学入学後、休学してのアメリカ生活において、自国の文化・芸術への関心が高まり、大学卒業後は歌舞伎座の同時解説イヤホンガイドの同解説員を務められ、現在は雑誌やメディアでの著述、ユーチューブ発信、トーク会や観劇会などで活躍中です。

今回は10月の御園座「片岡仁左衛門、坂東玉三郎 錦秋特別公演」で上演される「東海道四谷怪談」を取り上げ、台詞や所作も交えたストーリー解説で、歌舞伎という芸能の楽しみ方を教えてもらいました。ユーモアたっぷりの語り口で、まるで講演会場が御園座の舞台になったような熱演でした。

これまで歌舞伎を一度も見たことがないという参加者もいましたが、ほとんどの方が「面白そうだ」「観てみたい」と関心を持ったようです。