大橋博行氏

「伝統ある家業を継いだが、市場縮小が止まらない」「売上のために下請け仕事を安値で受注し、現場が疲弊している……」 10年目を迎えたMARKファミリービジネス研究会の第3回例会では、全国シェア80%を誇る大垣の枡(ます)職人集団、有限会社大橋量器の3代目・大橋博行社長が登壇。

大手IT企業から家業へ飛び込み、「NOと言わない営業」で行き詰まったどん底の経験から、自社のアイデンティティを見つめ直して海外ブランド(Louis Vuitton等)をも魅了するローテクブランドへ変革させた、生々しい組織改革の軌跡を語っていただきました。

講師プロフィール:大橋 博行(おおはし ひゆき)氏

大橋博行氏

有限会社大橋量器 代表取締役社長

大手IT企業での勤務を経て、1993年に創業1200年の歴史を持つ伝統産業「大垣の枡」の製造メーカーに3代目として入社。市場縮小の波に揉まれ、安価な受注競争で社員が離職する経営危機(暗黒期)を経験。「枡で皆を幸せにする」という原点に立ち返り、2005年に「枡工房ますや」をオープン。外部人材や新卒の力を引き出す組織風土改革を進め、冷凍ご飯をふっくら温める「こびつ」などの大ヒット商品を連発。入社時から売上5倍を達成し、パリやNYへの海外展開、高級ブランドとのコラボを成し遂げた地場産業イノベーションの旗手。

「NOと言わない営業」が招いた組織の崩壊。無理な受注が利益と社員を奪う

家業を引き継いだ大橋社長を待ち受けていたのは、日本酒市場の縮小という厳しい現実でした。危機感から全国の蔵元へ飛び込み営業をかけ、一時は業績を回復させたものの、需要の変化に伴いさらなるピンチが到来します。

当時、大橋社長が掲げたスローガンは「NO!と言わない営業」でした。とにかく仕事を作らなければと、自社らしくない安価な木工仕事まで無理に受注。しかし、これが負のスパイラルを招きます。

「強みを活かせない製品づくりは利益を生まない」「無理な受注で現場と合意形成ができず、社員が楽しくない」「職人が辞めていく」という組織崩壊の危機に直面したのです。 大橋社長はこの手痛い失敗から、単にお金を稼ぐための「何でも屋」ではなく、「自分たちは一体、何のために存在するのか」を問い直すことの大切さを痛感したと語ります。

自社のアイデンティティを再定義。「枡×外部人材」で売上5倍を達成した風土改革

「枡で皆を幸せにする」──。 原点に立ち返った大橋社長は、自社のアイデンティティである伝統(ローテク)にこだわり抜き、新しい文化の創造へ舵を切ります。2005年には情報発信源となる直営店「枡工房ますや」をオープン。

この大躍進の原動力となったのが、社長一人がアイデアを出すのをやめ、「社員全員で一緒にやる風土」を作ったことでした。同社では、長期インターンシップの受け入れや、兼業・副業人材(プロボノ)、そして2013年からはこの規模の中小企業では極めて珍しい「新卒の毎年定期採用」を断行。

社内の常識に染まっていない若手や外部人材の発想を掛け合わせることで、コロナ禍の危機を救い、大ヒットとなった冷凍ご飯専用容器「こびつ」などの革新的な新商品が次々と生まれました。現在、その売上は入社時の5倍以上に達しています。

世界へ届く「ローテクブランド」──ルイ・ヴィトンをも魅了した1200年の粋

「枡を粋でかっこよく、エンターテイナーに」。大橋量器の挑戦は国内に留まりません。ニューヨークやパリ、香港の展示会へ積極的に打って出て、今やPaul SmithやLouis Vuittonといった世界最高峰の海外ブランドとのコラボレーションを実現させるまでに至りました。

さらに、建築の内装材や壁材としての新しい枡の用途開発や、地元の森林整備、小学生向けワークショップなど、「地域社会という重要なステークホルダー」を巻き込んだ持続可能な経営を実践しています。


【第2部】ビジネスよもやま話:民俗学・考現学から学ぶ「業界の当たり前」を疑う視点

田村 和彦氏

講師プロフィール:田村 和彦(たむら かずひこ)氏

田村 和彦氏

愛知大学現代中国学部 教授 

専門は民俗学(モノ文化論)。「日本民俗学の父」柳田国男が提唱した、日常の当たり前を問い直す「自前の学問」としての民俗学をベースに、社会や文化、歴史的背景が現代のビジネスや創造性に与える影響を研究。

例会の第2部では、愛知大学の田村和彦教授を講師に迎え、「民俗学からみたモノ文化 〜身近な現象を通して過去からの拘束を知り、創造性を考える〜」をテーマに、知の探索を行いました。

日本の家屋にある玄関の段差や、洗濯機の設置場所。私たちが「合理的で当たり前」と思っている生活習慣も、民俗学の視点で海外と比較すると、実は日本特有の歴史や社会の「拘束」に縛られたものであることが分かります。 田村教授は、「普遍的な合理性など存在しない。社会や文化によって規定されている」と指摘。この「日常の当たり前を問い直す視点」こそが、既存の固定概念を破壊し、イノベーションや新商品開発を生み出すための出発点になるのだという、経営者にとって深い示唆に富んだ講義となりました。

家業の「暗黙知」を疑い、次の100年の価値を創る

大橋社長が「NOと言わない営業」の失敗から自社の存在意義を問い直したプロセスと、田村教授が説いた「日常の当たり前を問い直す民俗学の視点」。この2つに共通するのは、『過去のしがらみや業界の常識を客観的に見つめ直し、新しい価値へ再定義する』という、ファミリービジネスの持続可能性に直結する知恵です。

先代から受け継いだ伝統(ローテク)は、そのままでは時代に埋もれてしまいます。しかし、外部の視点を取り入れ、自社だけのアイデンティティに昇華させたとき、世界に通用するブランドへと生まれ変わります。

MARKファミリービジネス研究会では、こうした経営のリアルな修羅場と、思考の枠を広げるリベラルアーツを同時に学べる場を提供しています。社内のしがらみに悩み、次の手を模索している後継者(アトツギ)の皆様、ぜひ一度、私たちのコミュニティの扉を叩いてみてください。


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