
MARKファミリービジネス研究会では、10周年記念企画として8月5日(水)に特別企業見学会を開催いたしました。
今回の企業見学会は、FBNJ(ファミリービジネスネットワーク・ジャパン<東京>)とMARKファミリービジネス研究会との共同企画として実施したものです。FBNJは、ファミリービジネスに携わる関係者を会員とする世界最大の国際組織FBN(本部:スイス)の日本支部です。
最初に訪れたのは、愛知県半田市にあるミツカンホールディングスの「MIZKAN MUSEUM」です。一企業の展示施設とは思えないほどのスケールとエンターテインメント性にあふれた施設です。江戸時代から続く酢づくりの歴史や製法、当時の人々の暮らし、さらにはミツカンの事業の変遷について、さまざまな展示や体験を通じて楽しみながら学ぶことができました。

その後、明治時代に「カブトビール」の工場として建てられた、レンガ造りの美しい歴史的建築物「半田赤レンガ建物」へ移動。施設に併設されたカフェで昼食を取りながら、参加者同士の交流を深めました。
午後からはミツカン本社を訪問し、Mizkan Holdings 中埜産業支配人の小島淳様から、ミツカンの事業の変遷や創業家である中埜家の役割、さらには既存事業に安住することなく、新たな価値を生み出すために挑戦し続けるミツカンの企業風土について、貴重なお話を伺いました。
FBNJのメンバーをはじめ、東京からの参加者12名を含む総勢28名での企業見学会となりましたが、長い歴史と伝統を受け継ぎながらも、時代の変化に柔軟に対応し、新たな価値の創造に挑戦し続ける企業の姿を間近に学ぶことができました。参加者全員にとって大いに刺激を受け、ファミリービジネスについて考える貴重な機会となり、当研究会の10周年を記念するにふさわしい、充実した企業見学会となりました。
見学会を終えて名古屋へ戻った後は、第5回例会を開催。「歴史と変革」をテーマに、300年以上続く老舗企業の実践と知恵を深く掘り下げました。
「危機は必ず来る」─尾張徳川家御用達から470億円グループへ。材惣木材336年の変革史
第1部では、『創業335年 歴史と変革、常に次世代への挑戦 ~材惣DMBグループ・材惣木材のサスティナブル戦略』と題し、材惣木材株式会社の12代目、鈴木龍一郎社長にご講演いただきました。

日本には創業100年以上の企業が約26,000社存在しますが、創業300年を超え、かつ年商50億円以上の企業となるとわずか69社に絞られます。材惣木材はその1社であり、世界の老舗企業組織「エノキアン協会」のメンバーでもある「老舗中の老舗」です。
300年以上続く同社の舵を取る鈴木社長は、「危機は必ず来る」と語ります。最大の危機の一つが、最大の取引先であった尾張徳川家が消滅した「明治維新」でした。苦難の時代の中、8代目惣兵衛が遺した「勤倹は冨貴の母なり」という教えを守りながら、同社は時代に合わせて変化し続けてきました。
- 江戸時代: 尾張徳川家の御用材木商
- 明治〜昭和初期: 電柱や枕木などのインフラ関連事業
- 昭和中期: 国産材・外材の流通、合板などの素材生産(木材問屋)
- 平成以降: プレカット加工、住宅資材分野、不動産事業への進出
平成29年にはホールディングス体制へ移行し、現在は売上高471億円、従業員数約1,700名規模のグループへと成長。幾度もの危機を「変化への対応」で乗り越えてきた歴史は、まさにレジリエンス(跳ね返す力)の高いファミリービジネスそのものです。
鈴木社長の「代々受け継いできた事業を、純粋に継続していきたい」という穏やかな語り口からは、歴史を重荷にするのではなく、次の世代へつないでいく誇りと責任が強く感じられました。
【第2部】ビジネスよもやま話:江戸の大工技術「木割」に学ぶ、伝統の標準化と個性の発揮
第2部の「ビジネスよもやま話」では、名城大学理工学部の米澤貴紀准教授をお招きし、『江戸時代の大工の設計技術』についてお話しいただきました。

当時の棟梁には、単に建築作業に長けているだけでなく、「五意達者」(①設計・墨付け、②積算、③手仕事、④装飾の下絵、⑤彫刻)という幅広い能力が求められました。その設計技術の基礎となったのが「木割(きわり)」です。木割とは、柱の径を基準として建物各部の寸法や位置を決定する基本設計の方法であり、技術やデザインを一門で継承するための「秘伝書」の役割も果たしていました。
この「木割」の仕組みには、現代のビジネスにも通じる2つの合理的な知恵が含まれています。
- 共通規格化による合理性: 寸法の決まった部材をストックできるため、火事や災害が多かった江戸の町で素早い復興・再建を可能にした(技術の標準化)。
- 型があるからこそ生まれる創造性: 基本的な形が決まっていたからこそ、大工たちは彫刻などの装飾に個性を発揮し、独自の工夫を凝らすことができた。
共通の技術や基盤(型)を守りながら、その上に個性を加えて創意工夫を重ねていく姿は、守るべきアイデンティティを守りながら時代に合わせて事業を変革してきた長寿企業の姿と深く重なります。


