7月2日にMARKファミリービジネス研究会の第4回、7月例会を開催しました。

7月のテーマは「仕方がないと諦めない」です。

『凸凹の弱みを強みに変える経営』

第一部:一般社団法人ラ・バルカグループ 
久遠チョコレート
代表 夏目 浩次氏(愛知県豊橋市)

障がい者に、より多くの雇用を生み出し、低賃金からの脱却を図るため、2014年に久遠チョコレートを立ち上げ、10年あまりで全国61店舗、従業員数800名を超えるまでに拡大させた夏目浩次様が、今回の講師です。

そして今回、当研究会では初めて、対談型式で行いました。聞き手は、司会やラジオのパーソナリティとして活躍中で、ご自身も障がいのあるお子様の母親である林ともみ様にお願いし、和やかな雰囲気の中で、いろいろな話を聞くことができました。

急成長を遂げている久遠チョコレートとは、どんな会社なのか?最初に昨年、テレビ東京の「カンブリア宮殿」に夏目代表がご出演された時のビデオを見ていただき、対談は始まりました。

対談では、夏目代表の起業のきっかけとなったヤマト運輸の小倉昌男元会長とのエピソードが紹介されました。夏目代表は、小倉の著書から一般的な障がい者の賃金が月1万円に満たない実情を知り、小倉が設立した障がい者雇用のパン屋・スワンベーカリーのFC店に参加したいと申し入れました。半年間待って、やっと小倉に会えることになり、ベーカリーをやらせて欲しいと申し入れました。そして「母体は?」という小倉の問いに、「ありません、一人です」と答えると、名刺を出しかけていた小倉の手が止まり、「帰りなさい」と言われ、目も合わせてもらえなかったそうです。今では、それは、「商売を甘く見てはいけない」という小倉の教えだったと理解できますが、その時は悔しくて、腹が立ったと言います。

この出来事を発奮材料に、諦めるどころかがむしゃらに障がい者を雇用したパンの事業に取組みます。そして大きな借金も抱えながら、悩んでいた時期に、著名なチョコレート職人に出会います。パンと違いチョコレートは一度失敗しても再び溶かしたり、刻んだりすれば商品になる。障がい者の仕事に合っていると考え、2014年に久遠チョコレートを設立し、現在にいたります。

久遠チョコレートには、明文化された経営理念のようなものはないとのことですが、講演を通して、久遠チョコレートは、夏目代表の目指す社会の姿をどんな人たちと、どんな方法で作り上げたいのか、その想いがしっかりと社内で共感され、浸透していることがよく理解できました。

講演の冒頭で夏目代表は「これまで声高に障がい者雇用支援だとか、社会貢献を叫ぶようなことはしたことはなく、自分は資本主義者だと思っている。一方で何かを壊したり、傷つけたりして、あるいはあの人はできる人であるとか、そうでないとか、違う言い方では、使える人か、使えない人かというような、閉塞感のある、窮屈な資本主義ではなく、それに代わる「丁寧」に向き合う、新しい資本主義というものを目指している。」と述べられました。

この「丁寧」というワードは、夏目代表の講演の中では、何度も出てきました。「丁寧」を辞書で引いてみると「注意深く、心がゆきとどくこと。また手厚く礼儀正しいこと」とあります。この語釈を呼んで、丁寧に振舞うこと、丁寧に対応することの背景には、相手に対するリスペクトがあるということに気づかされました。

夏目代表のこの考え方こそが、久遠チョコレートの始まりであり、たくさんの人たちから支持され10年あまりの間に急成長を遂げたこの会社の躍進の中核にあるものだと感じました。

その他、久遠チョコレートという会社の理解につながるいくつかの印象に残る言葉を紹介します。

  • 「そもそも人というのは凸凹があって当たり前。できることがあって、できないことがあって、それが人。その凸凹を平らにしようとするのではなく、パズルを組み合わせるように、あるいは折り重なってできているのが社会である」
  • 悪意があるわけではないけれど、例えば、障がいのある人にはできないよね、といったようななんとなく世の中に存在する物指しを、それって本当に正しいのかと考えてみる。できるから、やるのではなく、難しいけれど、どうしたらできるのかを考え、できるかもしれないと思ってやってみる。
  • 社会は障がい者という言葉でカテゴライズし過ぎ。障がいは個性ではなく、事実。その事実にどう向き合うかを考えるべき。
  • 「経済」という言葉の語源は中国の古典に登場する語の「経世済民」だと言われます。「経済」は英語のEconomyの訳語ですが、久遠チョコレートの目指す新しい資本主義とは「経世済民」である。

経世済民には、経済だけではなく、社会や政治などの概念も含まれ、苦しむ人々を救うことを意味します。どんな人も胸を張って生活できる社会を、ビジネスで作り上げたいという夏目代表の想いが伝わる言葉です。

さて、現状、久遠チョコレートの店を始めたい、という相談が年間300件以上あるそうです。社員として久遠チョコレートで働きたいという人も数多くいるわけですが、それらの採用基準はここで働きたいという意欲の強さです。

久遠チョコレートにはそうした意欲を持った多くの仲間がいるわけですが、今の800名いる従業員の95%がお菓子作りの未経験者です。現在の売上高20億円を倍の40億円(チョコレート市場の1%)にし、更には200億円を狙うには、どうしても経験値や商品開発力の面でまだまだトップブランドのメーカーに見劣りする点があります。

これは久遠チョコレートにとって大きな壁ですが、夏目代表は、逃げることなく乗り越えて行きたいと力強く宣言されていました。しかしその道のりは右肩上がり一辺倒ではなく、大切なものを見失うことのないよう、場合によっては踊り場や右肩下がりも必要で、そうしながら成長し、「丁寧」な資本主義で売上げを伸ばし、いずれは上場も目指したいと目標を語られました。久遠チョコレートは10年先にどうなっているのかを見てみたいと思わせる会社でした。

一般社団法人ラ・バルカグループ 
久遠チョコレート
代表 夏目 浩次氏(愛知県豊橋市)

『見過ごされてしまうこども達』

第二部:日本福祉大学社会福祉学部 
教授 野尻 紀恵 氏

「仕方がないと諦めない」がテーマの第2部「ビジネスよもやま話」は日本福祉大学の野尻紀恵教授による『見過ごされてしまうこども達~ヤングケアラーを考える』です。

大人が担うような家事や家族の世話、介護をしている18歳未満の子どものことをヤングケアラーと言います。講演ではヤングケアラー問題の第一人者の野尻教授から、不登校児童生徒数やいじめの認知件数、児童生徒の自殺の状況など、どれも年々増加傾向、低年齢化にある具体的なデータを交えてお話いただき、リアルな問題としてその実態を捉えることができました。そしてこども達にはこうした悩みを相談できる人が周りにいないことが問題のようです。

ヤングケアラーの問題もこうした「抑圧」されたこどもの現状が背景にあることを考えると、家族関係や地域の問題など、一個人や一家庭ではどうしようもできない、根深さに絶望すら感じてしまいます。

しかし、児童福祉法の改正や子ども・若者育成支援推進法の改正などヤングケアラーを支援する制度も少しずつ整備されています。そして、講演の最後に、あるヤングケアラーを学校、地域、医療機関などが連携して支援し、あきらめから脱出できなかった少年を、将来の夢を語れるまでに変えた事例が紹介されました。この事例のように、周囲の大人が関わることで、その後のこどもの人生を変えることができるという事実に希望を感じました。

ビジネスに関係するテーマを扱うことが多い当研究会ですが、こうした社会の課題に対して、個人あるいはそれぞれの会社でも何かできるのではないかという勇気をもらえたと思います。

よい学びのきっかけをいただきました。

日本福祉大学社会福祉学部 
教授 野尻 紀恵 氏