7月3日に今年のMARKファミリービジネス研究会7月例会を開催しました。
7月のテーマは「繊維のミライ」という事で、今回は生地や糸の話題を取り上げました。
衣料から医療へ 下町ロケット2 “リアル”ガウディ計画
第一部:福井経編興業株式会社(福井市)
代表取締役社長 髙木 義秀 氏
第1部の講師は 福井経編興業株式会社 代表取締役社長の髙木義秀様です。
福井経編興業はその社名の通り福井市のニット生地製造の会社で今年創業80年を迎えます。もともと福井は繊維産地として隆盛を誇っていました。しかし、中国や東南アジアの国々からの安価な製品に押されて、しだいに業界が縮小。倒産や廃業が増えるなか、会社存続への強い危機感を抱いた髙木社長は2000年頃から様々な施策に取組みます。
そのひとつが海外市場への進出です。糸を編んで生地に仕上げるには、たて編み、まる編み、よこ編みといった技法があるのですが、当社が手掛けるたて編の中でも技術的に難しいとされる天然繊維(シルク)をたて編で編んだ製品を持って数年間パリの展示会へ出展するなどしました。しかし思うような結果にはいたりませんでした。
そんな中、ある大学の教授からシルクで小口径といわれる直径6ミリの人工血管を編めないか、という依頼が入ります。シルクのような天然素材は人間の体内で時間をかけて熔け、細胞と一体化するそうです。当社の技術力をもってすればそれほど難しいものではなかったので、数週間で試作品を作り持っていったところ、非常に驚かれ、感謝もされたということです。この時、髙木社長は「編む」ということの力を確信したと言います。
この人工血管をきっかけに次に別の大学教授から依頼があったのが小児用の心臓パッチの開発です。心臓パッチとは生まれつき心臓の血管に穴が空いていたり、血管の一部が細くなっていたりする子供の血管の手術用に使用する血管のあて布のような製品です。
大学教授の要求は、子供が成長し、心臓や血管が大きくなると心臓パッチを成長に合わせて大きなものに取り換える手術が必要になるが、それをしなくてもよいように成長に合わせて自然に2倍の面積なるようなパッチができないか、という難題でした。
そもそも、人の命に係わる医療の分野に踏み出すには大きなリスクが伴います。とても地方の中小企業が簡単に負えるようなものではありません。しかし2013年、悩んだ末に心臓パッチの開発に挑戦することを決めます。まさに衣料から医療へのチャレンジです。
その後、さまざまな協力者や支援のもと、厚労省の医工連携事業の補助金を獲得したり、大企業(帝人)と連携。時間とお金はかかりましたが、臨床試験を経て2023年に厚労省の承認を取得。そして2024年6月12日に製品販売が開始されたところです。
地方の中小企業の挑戦が難病に苦しむ小さな命を救うという福井経編興業の物語は、人気作家池井戸潤の「下町ロケット2」のモデルとなり、広く世間に知られるようになりました。また、心臓パッチの販売開始という歴史的タイミングに合わせるように2024年6月8日にはNHKの番組「新プロジェクトX」で「技術よ 小さき命を救え~町工場 夢の心臓・血管パッチ開発」として放送されました。
そんなドラマ性を持った会社ですが、その本質にあるのは、廃業が目立つ業界での生き残りをかけ、危機感を持ってあえて難しい挑戦に組織で取り組んだ姿勢とそれを率いたリーダーシップだと思います。
髙木社長は講演の中で、成功の要因として次の3つをあげられました。
- 人間ネットワーク
- メディア戦略
- ニーズとシーズとが合致したモノづくり
医療分野での当社の成功は、これらの要因が単独ではなく、うまくかみ合ったからこその結果だと痛感しました。これから心臓パッチは日本だけでなく世界へ向けての販売も始まるようですし、ベッドメーカーとの共同開発による当社初のB to C 向けの商品(体圧分散マットレスシーツ)も発売しました。今後の当社の動きに注目です。
福井経編興業株式会社(福井市)
代表取締役社長 髙木 義秀 氏
ニット生地製造の福井経編興業(ふくいたてあみこうぎょう)。1990年代後半まで隆盛を極めた繊維産地・福井の業界規模は縮小している。既存事業のままで生き残れるのか、自問自答を繰り返す中、「シルクの糸で人工血管を編めないか」という大学教授からの問い合わせをきっかけに、直径6ミリ以下の細い人工血管を開発し、医療分野へ進出。その後、心臓修復パッチも開発。生後間もない乳児の手術に使われるなど多くの人の命を救っている。
未知の分野への挑戦であったが、社員の努力が見事な成果につながった。作家・池井戸潤の小説「下町ロケット ガウディ計画」のモデルにもなった会社である。
蜘蛛の糸から学ぶ“強さ”
信州大学繊維学部
准教授 矢澤 健二郎 氏
7月のテーマ「繊維のミライ」の第2部ビジネスよもやま話は、信州大学繊維学部の矢澤健二郎准教授によるクモの糸の話でした。
クモの糸というと、芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」を思い出す方は多いと思いますが、クモの糸はヒトの髪の毛の約10分の1の太さでありながら、約3gの重さに耐えられ、約20,000本の束で60㎏の人を支えることができるなど、優れた特性を持ちます。
そしてクモが出す糸は1種類ではなく一般的に7種類の糸を分泌するそうです。当然、それぞれに違った特性を持つわけですが、クモの糸の大きな特徴として、引っ張りに対する強さ(破断強度)としては炭素繊維や防弾チョッキに使われるケブラーには劣りますが、糸が破断するまでにかかるエネルギー量(タフネス)は他の素材の何倍も多く、いわば「強くて柔らかい」糸です。
「強さだけでなく、柔らかさも重要」というこの自然界の事実は、ビジネスをはじめ、他の分野にも当てはまるのではないかという矢澤先生のお考えに納得させられました。
講演の中では、生きているクモ(矢澤先生が千葉県の松戸で採取したオニグモ)を使って糸の巻取りの様子を見せていただきました。クモが自分の足で糸を切ることがないよう、台所用のスポンジでクモの体を挟んでお尻から糸を引っ張り出し糸巻きに巻き付けて行きます。
初めて見る目の前の作業の様子ときらきら光るクモの糸の美しさに参加者の皆さんは興味津々でした。
矢澤先生は、優れた特性を持つクモの糸の産業利用を目指しておられますが、現代の科学を持ってしても解明されていないことが多いそうで、自然の不思議さと奥深さを実感できた講演でした。