経営者のためのビジネスセミナー「MARKファミリービジネス研究会」の今年度の最終回(第8回)が、11月19日(木)の15時30分から名古屋市中区栄のナゴヤイノベーターズガレージにて開かれました。

今回の講師は浅野撚糸株式会社代表取締役社長の浅野雅己様です。

演題は「地獄の底で見続けた夢」です。地獄のような思いをされた経験のある経営者、特に長く経営者をやっていらっしゃる方の中には少なからずいらっしゃるかもしれませんが、浅野社長曰く、「地獄ネタは豊富にある」とのこと。

53年前に創業した浅野撚糸が天国だったのは1999年まで。日本の名だたる一流紡績会社の下請けとして、最新鋭の設備を備え、複合撚糸と言われる分野では日本一の会社でした。

ところが、2000年に入ると中国に仕事を奪われ、手の打ちようもなく廃業寸前の状態に陥ります。創業者である父親からも廃業を勧められますが、浅野社長は事業を続けることを決めます。

それには、浅野撚糸の協力工場(下請け)の多くが浅野撚糸からの仕事を見込んで新しい機械を入れるために大きな借金を抱えていたこと。それに世界に通用する日本の優れた撚糸の技術を活かすために生き残りたい。というふたつの「大義」があったからです。そしてそこからが地獄の連続です。

工場長夫妻の解雇、かつては「鉄の団結」といわれた協力会社のグループからの離脱、癌に侵されながらも「いい仕事をまわしてくれ」と言いながら働き続け、ついには亡くなられた下請け会社の奥さんなど。

この地獄の中で、浅野社長は「中国にはできないことをやろう」と、ご自身の言葉を借りれば「気の狂ったように」実に3年間で3000回以上の製品開発のための試験を繰り返します。しかし、良い結果は生まれません。

そんな時、クラレからお湯に溶ける水溶性の糸を紹介されます。そしてついに、その水溶性の糸と綿糸や毛糸を組み合わせることで新しい糸の開発に成功します。

そして取引銀行から紹介された三重県のおぼろタオルという会社ににその糸を持ち込み、共同で新商品の試作品づくりに取り組みます。おぼろタオルも経営危機の真っ只中。ともに背水の陣をひいての挑戦でした。

その甲斐あって、神戸のこども服の老舗ファミリアからタオルの注文がきます。開発から6年が経っていました。

「その開発に命を懸け、その開発が世の中に必要であれば必ず神が降りる」 これは京セラ創業者の稲盛和夫氏の言葉だそうですが、浅野社長の信念とも言える言葉です。まさにこの時、「神が降りた」と思ったそうです。

しかし、いくら吸水性に優れているといっても従来品と比べ値段の高いこのタオルは、どこの問屋も相手にしてくれません。ある日、東京での問屋周りを終えて、奥様と築地の寿司屋で食事をした時のことです。この時浅野社長は廃業の覚悟を決めていて、いつ奥様に話そうかと悩んでいたそうです。すると食事を終えた奥様の口から「おいしい。いつかここに社員や協力工場のみんなを連れてきたい。」という言葉が返ってきたのです。これを聞いた浅野社長は「問屋ではなく、自社製品として名前やロゴマークをつけ自分で売ろう」と決意を固めました。魔法のタオル「エアーかおる」の誕生です。ロゴマークは寿司屋で見た奥さんの横顔がモデルになりました。今、浅野社長はこの地獄の7年間こそが、自分と会社のかけがえのない宝だと振り返ります。

2007年5月に製品化したものの最初は全く売れません。そんな時浅野社長は「他力」のありがたさを実感します。旧知の地元新聞社の記者が話を聞いてくれ、エアーかおるの記者発表を提案・協力してくれたのです。こうしてメディアに取り上げられたことがきっかけで、勧められて東京ビッグサイトでの展示会に出ることになりますが、ここでまた「神が降りた」のです。

展示会の様子をじっと見ていたある専門誌のジャーナリストから、「3年間東京ビッグサイトの展示会に出続けなさい。そうすれば必ず一流のバイヤーが、このタオルのすばらしさを嗅ぎ付けてくる。その次は世界へ打って出なさい」と声を掛けられます。

しかし、展示会への出展にかかる費用は大きなものです。資金をどうするかと考えていた矢先、思いがけず経済産業省の補助金がおりることになったのです。

そして、あのジャーナリストの予言どおり、2007年春の発売時には月50枚しか売れなかった「エアーかおる」は、2014年3月単月で10万枚を超えるヒット。2007年にどん底の2.3億円だった浅野撚糸の年商は2019年には23.2億円と10倍になりました。

成功の理由を浅野社長は「運が良かったから」と言います。また「運や運命は変えられる」とも言っています。浅野社長は、運を導くには①自省、②大義、③苦労、④利他、⑤夢、⑥全力、⑦和、⑧感謝、の8つが重要だと説きます。そのなかで夢については、夢を持っていると、周りに夢を持った人が集まり、全力でものごとに打ち込んでいると神が降りてくるといいます。

浅野撚糸は昨年本社隣に直営店をオープンし、そしてこれは大きなニュースになりましたが福島県双葉町に2022年7月完工予定で新工場を建設することを発表しました。現在、まだ立ち入り制限の場所も残る双葉町の原子力災害からの復旧でなく、復興に協力することで1万人以上が暮らす街をつくるという夢に向かって30億円を投資します。

講演の中で紹介された浅野撚糸を取り上げたテレビ東京の「カンブリア宮殿」の番組の最後で司会の作家・村上龍はこう締めくくっています。

「浅野撚糸は唯一無比の技術に挑み、生き残った。撚糸は複雑。技術には限界がないのかもしれないと思った。これが限界だとあきらめたら、あらゆることが、そこで終わる。」

浅野社長の講演を聴いて、誰もが「自分が同じ立場に立たされたとしたら、果たして浅野社長のように夢を持ち続けることができるだろうか?挑戦し続けることができるだろうか?」と自らに問いかけるでしょう。

浅野雅己という経営者は、逆境を努力に変える能力に秀でた稀代の経営者だと感じました。そして、その話を聴いて彼の熱量に心を動かされる自分を発見し、そんな自分に期待を抱かせてくれる講演でした。