第11回 事業承継、人それぞれの成功例
【開業医のためのクリニックM&A】 岡本雄三税理士事務所・MARKコンサルタンツ代表 岡本雄三

 日本経済新聞社などが主催する第21回日経フォーラム「世界経営者会議」が「激動を味方にするリーダー像」をテーマに開かれました。

世界が新たな激動期を迎える中、世界企業のトップが集まり、革新を起こす力の重要性を訴える意見が相次ぎ、議論が展開されるところに参加してきました。

その中から、JR九州会長の唐池恒二氏ら2人の経営者による「外国人との共生が育む新たな市場」について、ご紹介します。

日本政府観光局(JNTO)による2018年の世界各国・地域への外国人訪問者数の調査によると、日本への外国人訪問者数は3119万人であり、これは世界で11位、アジアで4位に相当するそうです。

ちなみに世界トップは、フランスの8691万人、2位はスペイン8277万人、3位は米国7694万人です。アジアのトップは、世界4位の中国で6290万人です。03年の訪日外国人の数は521万人でしたから、15年で約6倍になりました。

今後の予測では、東京オリンピック・パラリンピックが開催される20年に4000万人となり、その後も増加して、30年には18年の2倍弱の6000万人に達することは間違いないそうです。

近年、アジア各国が急激に経済成長し、日本への旅行者が増える下地が出来上がってきたことが後押ししているとのことです。

また、団体旅行から個人旅行へ、旅行目的も食や買い物から日本の文化やライフスタイルを体験することへ、と量的にも質的にも変化してきており、今後はいかにリピーターを増やせるかがカギとなるそうです。

訪日外国人旅行者数3000万人到達の記念セレモニー=2018年12月18日、関西国際空港【時事通信社】

 

                     外国人旅行客の目的も多様化している。写真は高野山の宿坊で瞑想(めいそう)などを体験する外国人宿泊客=2018年10月21日、和歌山県高野町【時事通信社】

ラグビーのワールドカップ観戦で日本を訪問した欧米人のリピーターも期待したいところです。そして、医療の世界でも、メディカルツーリズムの進展が大いに期待されます。

◇ボランティア医として世界へ

さて、本題に移りましょう。先月に続き、M&A成功事例に見る開業医のハッピーリタイアをご紹介します。

個人で内科のクリニックを開業していたG医師は「診療所経営よりも医療そのものに専念したい」「純粋に患者のためにだけ働きたい」という思いが年々強くなり、50代でしたが、M&Aでクリニックを譲渡することを決めました。

譲渡を検討した時は、年間で3000万円ほどの利益となっていましたが、全盛期には2倍近い利益を出していたため、既に一定の蓄財も出来ていました。

後は、できるだけ家族のために生活資金を確保した上で、自分はボランティアとして、世界の国々で医療活動を行いたいとの意向でした。家族に経済的な不自由をさせることなく、自分は自分の道を全うすることを選んだのです。

◇条件は譲渡価格だけ

譲渡価格は、当初から1億円と決めており、一切ぶれることはありませんでした。それ以下になるようであれば、交渉はしなくてよいという条件でしたので、こちらとしてもマッチング相手を探しやすかったことを覚えています。

マッチングの相手は、民間の病院で勤務する40代のH医師でした。県外で実の父親が医療法人としてクリニックを経営していましたが、家族のこともあり、生活拠点を移すことは考えられず、ご自身は父親の医療法人を利用して現在の居住地近くでの開業を希望していました。

G医師の提示した条件が譲渡価格の金銭面だけというシンプルなものであったことなどから、スムーズに交渉はまとまりました。

個人から医療法人への承継となるため、手続きはやや複雑なものとなりましたが、私の事務所では、このようなケースもこれまで何件か手掛けてきましたので、特に困るようなことはありませんでした。

引き継ぎ期間は3カ月ほどで、週1日程度の代診でクリニックの外来を担当していただき、徐々に患者さんを引き継ぐ形をとりました。

従業員の雇用については、承継後の診療をうまく運営していくためにも継続雇用をお勧めしましたが、譲渡条件としては雇用の継続については入れていなかったので、最終的にはH医師に一任となりました。

◇「困っている人のために」

結局、H医師が自分の目指すスタイルがあるということで、従業員の大半は入れ替えになりました。事業主都合による解雇になる従業員については、G医師が次の就職先を世話する形でフォローしました。

さて、M&A後のG医師の様子ですが、先日メールが届きました。今は準備期間として、民間の病院で代務などをしながら勤務医として過ごしているとのこと。勤務医としての引き合いは多く、十分な収入も得られているようです。

今後、さまざまな準備が整い次第、医療ボランティアとして世界に羽ばたいていくことでしょう。

こうして、第2の活躍の舞台に向けてまい進するG医師の姿を知るにつけ、「お手伝いができて良かった」との思いを強くします。志の高い医師と関わることができた経験は、私どもの誇りになります。

「医師というのは本来、患者のために存在するもの。困っている人のために100%の力を使うことができれば、それが医師にとっての幸せなのだ」というG医師の言葉が忘れられません。

◇十数年前にM&A

別の事業継承のストーリーをご紹介しましょう。

I医師は、十数年前にM&Aでクリニックを承継している先生でした。十数年前といえば、業界でもまだクリニックM&Aがほとんど知られていない時期でしたから、「先駆け的存在」と言えるでしょう。私はその時からのお付き合いでした。

当時のM&Aの経緯は、院長が急に亡くなって、しばらく閉院していたクリニックを、開業希望だったI医師が買い取って、診療を再開する形式でした。

1階がクリニック、2階が住宅の造りになっていて、その全てを不動産売買して手に入れました。

もともと、地域で多くの患者さんを診ていたクリニックだったこともあり、経営的には、初年度から5000万円を超える所得がありました。

◇少しずつフェードアウト

ただ、I医師は開業当初から、計画的に若いうちに開業医を辞めることを希望していました。

子供が大きくなったら、海外旅行などを夫婦でしながら、悠々自適の生活を送るのが夢です。

当時は、子供が学生のため、収入源を完全に手放すことはできませんでしたが、できれば、10年くらいをかけて、ゆっくり少しずつフェードアウトしていくプランを考えました。

I医師自身がM&Aを成功させ承継開業を果たしている経験から、次の自身の承継もM&Aがよいと迷わず選択しました。

◇10年スパンの引き継ぎ

一方、J医師は、そろそろ開業を考えようかと思ったタイミングでM&Aを知り、興味を持って定期的に情報を集めていたところ、I医師のクリニックの承継と出合いました。

5年前からJ医師との2診体制を取りました。最初の頃、J医師の勤務は週1日でしたが、毎年、徐々にJ医師の診療日を増やし、5年目には完全にJ医師のみの診察となりました。

10年という長いスパンでの承継ですから、途中で思い違いや心変わりが出てはいけないということで、覚書を作成し、両者で合意しました。

そこには、10年分を見通した給料面から、互いの診療日数の分担、途中で承継が破談になったときの賠償など、事細かな約束事が書かれていました。

10年スパンの引き継ぎというのは、非常にまれなケースですが、医師2人の相性や考え方がうまく合えば、このような承継も可能です。

◇将来は兄弟で経営

ちなみに、M&Aの多くは、年長の医師から年下の医師へという承継のパターンですが、この例では、年下のI医師から年上のJ医師への承継という逆パターンでした。

J医師は、将来的には勤務医である弟をクリニックに呼んで、兄弟でクリニックを経営する予定です。譲渡価格は、純粋に不動産の1億5000万円のみで、のれん代は入っていませんでした。クリニックの収入にJ医師自身の貢献も含まれていると考えたためです。

相談を受けた当初は、I医師の提示した条件がかなり特殊であったことから、マッチング相手が見つからないのではと心配しましたが、杞憂(きゆう)に終わりました。

今はまだ、クリニックのM&Aを希望しても、希望通りの相手を短期間に適切に探索し、マッチングさせるプラットフォームが十分に整備できていません。そのため、マッチング相手になかなかたどり着けないことや、100%の相手でなくてもM&Aを勧めなくてはいけないケースもあります。

また、クリニックのM&Aをお手伝いできるコーディネーターも十分存在しません。腕のいいアドバイザーを見つけることは、現状では難しいかもしれませんが、M&Aに関わる人全ての人生を左右する問題ですから、諦めることなく探すことが大切です。

 

 岡本 雄三(おかもと・ゆうぞう)

岡本雄三税理士事務所代表。株式会社MARKコンサルタンツ代表。税理士、行政書士、宅地建物取引士、M&Aシニアエキスパート、経済産業省認定経営革新等支援機関。
1967年生まれ。91年早稲田大学商学部卒業。98年岡本雄三税理士事務所開設。2000年公益社団法人日本医業経営コンサルタント登録。個人医院の開業、医療法人の設立、税務など、医業コンサルティング業務のほか、一般法人の税務、事業承継、M&A支援、資産税にかかわるコンサルティング業務を手掛ける。「後継ぎがいない会社を圧倒的な高値で売る方法」「開業医のためのクリニックM&A」など著書多数。