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第7回 承継前に労務トラブル解決が必要な理由
【開業医のためのクリニックM&A】岡本雄三税理士事務所・MARKコンサルタンツ代表 岡本雄三

働き方改革関連法が2019年4月から順次施行されています。残業は原則、月45時間、年360時間までとされ、特別な事情があっても、月100時間未満、年720時間に制限されます。

ただ、規制の適用が5年間猶予される業種が三つあります。運送業、建設業、そして医師です。

◇医師は特例で「超長時間労働」

医師の働き方改革を議論する厚生労働省の検討会で、19年3月末にまとめられた報告書では、5年後に一般の勤務医師の残業時間の上限は、原則年960時間(月80時間相当)とされました。しかし、「超長時間労働」を認める特例が問題です。

 その特例の対象となる医師とは、地域医療の維持に不可欠な病院の勤務医と、希望する研修医などです。これらの医師は、特例的に残業の上限を年1860時間としています。

これは、月155時間の残業に相当し、「過労死ライン」とされる月80時間の実に2倍近い水準となります。

特例とはいえ、過労死ラインの約2倍という不可解な数字を上限としたのは、厚労省の16年調査で、勤務医の1割が月160時間以上の残業をしていたためです。

一律に残業上限を規制すると、地域医療が成り立たなくなるため、特例が設けられているそうです。

しかし、診療科による医師数の偏りや、一部の医師の犠牲を前提とするような制度に、将来の持続可能性があるのか、疑問です。

◇労務リスクを洗い出して改善

さて、今月のテーマに移りましょう。

クリニックM&Aの成否を握る四つ目のポイントは、「人事労務のリスクの洗い出しと改善」です。 人事労務の問題は、譲渡金額にも影響を及ぼし、時にはM&Aそのものの成否を決めることもある重要な要素です。

実は、医療・介護業界は労務問題を多く抱えている業種とみられています。

 ◇労働法規違反の多い業種

2016年版の「労働基準監督年報」によれば、実に医療保健業の76.2%、社会福祉施設の73.8%で労働関連法規違反があったことが報告されているのです。

医療保健業では、全産業の平均より10ポイント以上も高い数値となっていて、M&Aにおいては看過できない水準です。

以前から、医療・介護現場で、労働関連法規の違反が横行していることは問題視されてきました。

違反が多いのは、次のような分野です。

(1)金銭債務的なもの(未払残業、未払社会保険料など)
(2)法令違反的なもの(長時間労働、突然の解雇、有給休暇の拒否など)
(3)トラブル的なもの(パワハラ、セクハラ、マタハラ、いじめなど)

医療業界で違反が多くみられる背景には、勤務医時代の労働環境が影響しているのではないかと思います。

◇知らなかったでは許されない

医師とは、そもそも命を扱う仕事です。そのため、勤務医時代には、勤務先の状況次第で休みが取れないことや、長時間労働になることもいとわず働き、有給休暇などを取る余裕はなかったという話は本当によく耳にします。

そういった経験を経てきた開業医が、労働環境に関しての意識が低くなるのは、ある意味、やむを得ないことかもしれません。

しかし、これらの認識は世間一般からは、考え方が古く、今の常識からずれていると見られてしまいます。

たとえ問題意識を持っていても、なかなか労務のことまで勉強する時間が取れないというのが現実でしょうか。

医師であると同時に、クリニックの経営者という立場上、知らなかったでは許されません。

◇事業承継に大きなデメリット

クリニックが抱えやすい従業員の雇用問題などの労務トラブルは、M&Aでは嫌がられる事項の一つです。

承継前に起こった労務トラブルの火種が承継後、新院長になってから表面化したとしても、その対応は新院長がしなくてはならないからです。

金銭的な賠償や補てんが必要な場合も、新院長の責任で解決しなければいけません。

例えば、賃金の未払いの事実が認められると、最大過去2年間はさかのぼって支払わなければなりません。

また、不当解雇の事実があれば、解雇予告手当に加えて、解決金などの支払い義務が生じることがあります。ハラスメントの損害賠償額も、訴訟件数が増えるに伴って高額になってきています。

働き方改革でも、医師の「超長時間労働」は例外扱いされた(写真はイメージです)

近頃は「ブラック企業」という言葉が広まり、人々の労働環境に対するチェック意識も高まりました。

これは不当だと思ったときに、泣き寝入りしない労働者も増えてきました。インターネットやSNSなどで、情報があふれていることも、後押ししているかもしれません。

クリニックの労務トラブルは、しばしば風評被害となって、世間に広がっていきます。

一時的でも、あそこのクリニックはブラックらしいとうわさが立つと、看護師などの募集をしても、応募がなくなってしまうことさえあります。

 ◇自信ないなら専門家に相談

従業員とトラブルを抱えているようなクリニックは、患者としても敬遠したくなるものですから、患者数の減少にも波及していくことがあります。

私の事務所では、顧問先以外のクリニックからも労務相談を受けることがありますが、労務リスクを放置したままのクリニックが多く見受けられます。

そのようなクリニックほど、危機感を持たず、何とかなると考えているようです。これでは、M&Aの際に、クリニックの価値を低く評価されたり、M&Aが破談になる可能性があったり、非常にもったいないことです。

自身の労務管理に自信がないと思ったら、M&Aのテーブルに着く前に、必ず医療機関特有の労務問題に精通した社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談して、適切なサポートを受けてください。

リスクを洗い出し、一つ一つ解決していくことが、結果としてM&A対策になります。

岡本 雄三(おかもと・ゆうぞう)
岡本雄三税理士事務所代表。株式会社MARKコンサルタンツ代表。税理士、行政書士、宅地建物取引士、M&Aシニアエキスパート、経済産業省認定経営革新等支援機関。
1967年生まれ。91年早稲田大学商学部卒業。98年岡本雄三税理士事務所開設。2000年公益社団法人日本医業経営コンサルタント登録。個人医院の開業、医療法人の設立、税務など、医業コンサルティング業務のほか、一般法人の税務、事業承継、M&A支援、資産税にかかわるコンサルティング業務を手掛ける。「後継ぎがいない会社を圧倒的な高値で売る方法」「開業医のためのクリニックM&A」など著書多数。